ふと。。


tumuguは広告もないし、看板は小さく、取材も全部お断り

そんなお店ですが

オープンした頃

初日からたくさんのお客様がこられた

インスタグラムだけは書いていた

今思い返すと、オープン当時の3年前、一番多かったお客様のジャンルは

写真もしくはカメラが趣味な方々だった

大きなカメラを皆様抱えて、写真とっていいですか❓店主さんの写真もとっていいですか❓

この風景なので仕方ないなと思ったから

私の写真は遠慮させてください店内と風景はどうぞと伝えていた

それから連日のようにカメラを抱えた方々は絶えなく、呼び合い、遠くからも訪れられていた

お断りの張り紙を貼った

歩きながら撮られると他のお客様にご迷惑になりますので 座られた席だけでお願いします と。

それから、徐々にカメラを持った方々のご来店は減っていった

だけれどイベントの時だけこられるようになった

カメラを持って

snsに投稿して、、、くださる

今回のイベントはどうだろう。。0だった

そうなんです、今、現在、カメラの趣味のお客様は0なんです

ということは、tumuguが好きでもなんでもない ということになる

あの方達は、今もなお、そういう映えする場所を求め、同じことをされているのだろうか

本当のところはわからないけれど

現実が物語る

視点はどこに 様々だ

本当の写真、本質の美、自然、欲望とはなんだろうと思ってしまう

ao展最終日にふと。。

10日間、大盛況でした!

純粋にお食事を食べたい。純粋にモノが見たい。純粋に話がしたい。純粋にここが好き。

どなたも自分のためにされている。誰かに見せるためではない。

そんなことを伝えてくださる。

どこに向かい流れて

どこに向かい流れ出すのか

焦点はどこですか

ご来店ありがとうございましたーーーーーーーーーーーお疲れ様です


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宝物のような すてきな写真を ありがとう あの日から 今日まで 地を海を丸ごと抱いてきた 島根のワカメを 頬張っています その度に 自分の中の 地が 海が 呼応してる 大丈夫? 大丈夫だ だから 信頼をしています

父と2人で話すときは いつも 答えを互いが聞くとき あぁやっと と 目をつぶって 深く悦んで その感覚は 見えない大切なサポートたちも 拍手している 母にも分からない 涙も 笑顔も あること 父とだからこそ 導きあえた歩み だから 母は優しいんだ あいのなかで 丸ごと抱いてきた時は で合う度に 呼応する 宝物 🌈

近くにいても どんなに近づいたように見えても 深いところでは 分かり合えない悲しみや あきらめとか はじき合う さみしさも それでも 歩みよって協調していくことは もう沢山学んだし 沢山味わえたから そのカリキュラムは もう とっくに おさめた だからこそ ご褒美は 表面的なことはちがうかもしれない けれど 一番大事にしてるものだったり 生きるなかで尊んでいる 自分の軸と同じ 同じ祈りや 感受性を